ありのまま生きることが正義か
騙し騙し生きるのは正義か
僕の在るべき姿とはなんだ
本当の僕は何者なんだ教えてくれよ
教えてくれよ

引用: YOASOBI「怪物」

TalkCampの「ゆる読み」HRをお読みいただきありがとうございます。

前回のゆる読みHRは「ヒトを数字で見なきゃダメですか?」というでしたが、普段HRテック企業のデータ分析という仕事をしている私からすると耳の痛い話ですね笑

以前私が担当したゆる読みHRでは、「心理学の世界から見た『自己分析』」というタイトルで、自分自身に注目するときにポジティブ / ネガティブ2つのスタイルがあることを解説しました。

今回は、社会学の分野で「自己分析」をテーマにした興味深い論文を見つけたので、そのエッセンスを紹介したいと思います。


紹介したいのは、牧野智和 氏による『「就職用自己分析マニュアル」が求める自己とその機能 ー「自己のテクノロジー」という観点からー』という2010年の論文です(リンク先から読めます)。

「自己のテクノロジー」という言い回しは私もこの論文で初めて知ったのですが、目を引きますね👀

もともと哲学者のミシェル・フーコー氏が提唱した概念で、牧野氏の要約によると、「『自己と自己の関係』(Foucault 1984=1986: 13) への働きかけを通した主体化技法の一種」とまとめられています。

どういうことかをもう少しかみくだくと、自分自身を分析や研究、改良のターゲットとすることで、自分自身の心構えや行動指針を変えていく作業といえそうです。

これを就職活動での自己分析に当てはめると、自分自身の価値観ややりたいこと、得意なことを分析ターゲットとすることで、自身の就職活動の方針をはっきりさせたり、その後の行動を活性化したりする作業と捉えられます。

自己分析を、自己のテクノロジー概念を足場にして捉えた解釈を、牧野氏は以下のように述べています。

自己分析を特定の「自己と自己との関係」を取り結ばせ,就職活動に向けて意識の明確化,啓発,変革(主体化)を行う「自己のテクノロジー」として分析すると,それは過去・現在・未来から「本当の自分」を導出し,また選抜を勝ち抜くためにそれを絶えず調整、演出するような「自己の自己との関係」の構築を促すものと整理することができる.このような自己のモデルが自己分析市場で扱われ,そのニーズが喚起され,大学生と人事担当者それぞれの状況認識に従って,ときに強迫的に消費・実行されているのである.

引用: 牧野(2010)「就職用自己分析マニュアル」が求める自己とその機能 ー「自己のテクノロジー」という観点からー

ここでのポイントは、自己分析市場を、自己分析の作業を進めるためのマニュアルやツールを提供するだけでなく、どのような姿を目指していくべきかという「自己のモデル」をも提供する市場と捉えているところです。

牧野氏が論文中で分析しているように、「就職活動を勝ち抜くために『やりたいこと』を明確にする必要がある」といった風潮が、就職用の自己分析マニュアルとともに1990年代以降の学生・採用担当者に広まっていったのは、その典型といえるでしょう。


このような視点をもとに、牧野氏は自己分析市場の機能を次の3つに整理しています。

1.不透明性の軽減
自由化・多様化が進んできた新卒採用市場で「何をすればよいのか」をある程度マニュアル化することで、学生にとっても企業にとっても、採用の進め方や選考基準などの見通しを得やすくする機能です。

2.個人的動機づけの支援・調整機能
学生が自分の価値観ややりたいことを就職活動で発信しても、必ずしも受け入れられるわけではありません。不合格通知を受け取った学生が、「自分はこちらの業界のほうが向いているのかもしれない」といったように、自分の方針や行動に調整をかける機能を指摘しています。

3.社会問題の属人化
採用市場の状況は、個々の学生の問題だけでなく、経済の動向や業界のトレンドなど、社会全体の動きにも大きく影響されるものです。しかし、就職活動の成否と自己分析が強く関係するものだという考えが広まることで、「就職活動がうまくいかないのは自己分析が不十分な学生の努力不足」という認識も広まりやすくなることを指摘しています。

これら3点は、機能というよりも影響と捉えるほうがわかりやすいかもしれません。


ここまで、自己分析を「自己のテクノロジー」という視点から分析した牧野氏の研究を大づかみに紹介しました。

採用活動や人事施策に直接役立つノウハウにはつながりにくいかもしれませんが、採用・就職活動で日々触れている自己分析について、本当に自社には必要なんだっけ?とか、ポジネガ両方の面があるよな、とかとか、あらためて一歩引いて見つめるきっかけになればと思います。

個人的には、「就職活動にはやりたいことが必要」という常識(?)も自明のものではなく、自己分析市場とともに広まっていったものだということが重要だと感じています。

また、この論文が書かれたのは2010年ですが、自己分析をめぐる状況に変化がある点には注意が必要です

具体的には、自己分析に関する見解やマニュアル的な発信が、SNSや口コミサイトなどを通じて流通するようになり、学生が影響を受ける接点が増えたこと、Chat GPTをはじめとする生成AIが自己分析・PRの領域にも活用されはじめていることなどが挙げられるでしょう。

自己分析に限らず、自分自身に向き合う営みは古来より人間が取り組み続けてきたことですが、時代や環境の変化に伴い変わる部分、普遍的な部分はそれぞれどこなのか、同じ人間としてとても興味深いテーマだと思います。

引き続きウォッチしていきたいと思います。


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