「結局僕らはさ 何者になるのかな
 迷い犬みたいでいた 階段の途中で」

米津玄師「NANIMONO」

はじめに

 TalkCampの「ゆる読み」HRをお読みいただきありがとうございます☆
 読者のみなさまの中には、採用や人事、キャリア支援に携わっている方も多くいらっしゃるかと思います。
 こうしたHRに関する取り組みは、自身の特徴や強み / 弱み、今後なりたい姿など、自分自身について施策をめぐらす営みと切っても切り離せない関係にあるのではないでしょうか。

 今回の「ゆる読みHR」では、自身について考えを巡らせ、理解を深めることについて、心理学の世界で研究されているテーマをもとにお届けしたいと思います。

 執筆者は、TalkCampの運営メンバーの江川です。大学院で心理学を専攻した後、採用管理システムの会社でデータ分析のお仕事をしている人間です。よろしくお願いします!

自己注目: 自分について考えること

 「自分の強みは何なのだろうか?」「これからのキャリアで何を大切にしていきたいんだろう?」といった考えは、就職活動における自己分析や、キャリア開発の中で不可欠なものです。

 前々回の「ゆる読みHR」でも、TalkCamp運営メンバーのまこさんが「"自分らしい"を見つけることができるのは誰なのか? - 人事目線で思う就活ワード、「強み」の罠 -」というテーマで記事を書いてくれています。

 このように、自分自身について注意を向け、考えを巡らせることは、社会心理学の分野で「自己注目」と呼ばれています。
 自己注目には、「なんで昨日同僚にあんなことを言ってしまったんだろう、、?」とか、「今日の服装はヘンじゃないかな?」といった、日常的なものも含まれます。

 適性や価値観、キャリアに限ったものではないのですが、自己分析を含む、より広い考えを指している概念です。
 より大きな概念をスタート地点に、HRの実践にも役立てられるような特徴を見ていくことにしましょう。

善玉と悪玉がいる

 毒と薬が紙一重であるように、自己注目にもポジティブなものとネガティブなものがあると言われています。

 自己注目には、自己分析に代表されるように自分自身について理解を深めたり、現在の状態を正確に把握して、目標に向けた行動を調整したりといったポジティブな面があります (Carver & Scheier, 1990)。
 一方、自身の過去の失敗や、他の人と比べて劣っていると感じられる面などに繰り返し注意を向けることは、うつや不安の大きなリスク要因のひとつとされています(Nolen-Hoeksema, 1991)。

 このように2つの側面があることから、ネガティブな自己注目に陥らないようにしつつ、ポジティブな側面を活用するということが、自己分析などを行う際には重要なことになると思います。
 自己注目のポジ / ネガ両面について整理した研究では、「省察」「反芻」という2つの自己注目スタイルが提案されています (Trapnell & Campbell , 1999) 。
それぞれについて見てみましょう。

悪玉の「反芻」

 心理学研究の領域で先に関心が向けられていたのは、ネガティブな結果をもたらしやすいタイプの自己注目で、「反芻 (rumination)」と呼ばれています。
 これは、過去の失敗や自分のネガティブな側面を、何度も繰り返し考えることを指しています。ウシが一度飲み込んだ草を、もう一度口に戻してより細かく咀嚼し直すことを「反芻」と言いますが、それと同じように、良くないことについて繰り返し、そして長い時間思いを巡らせるというものです。
 このタイプの自己注目をしやすい人では、うつや不安などの心の不健康に関するスコアが高いという研究報告が蓄積されています (Ellliot & Coker, 2008 など)。

善玉の「省察」

 一方、ポジティブなタイプの自己注目は「省察 (reflection)」と呼ばれています(「省察」の読み方は「せいさつ」と「しょうさつ」2通りあるようですが、執筆者の知人の自己注目の研究者たちは「しょうさつ」と呼んでいました)。
 これは、自己への好奇心や興味によって動機づけられた自己注目とされています (Trapnell & Campbell, 1999)。「自分はどんな人間なんだろう?」「なぜ自分は他の人と違うことに興味をもつんだろう?」といったように、自分の内面を哲学的・分析的に考えることを指しています。
 この種の自己注目は、自己理解や精神的な健康の促進に寄与していると言われています。また、省察をしやすい人はうつなどの心の不健康のスコアが低い傾向にあることや、主観的な幸福感が高いことなどが報告されています (Ellliot & Coker, 2008 など)。

ポイントは「客観的」と「能動的」

 ここまでの話を整理すると、以下のように考えられるのではないかと思います。

  • 自己注目にはネガティブな「反芻」とポジティブな「省察」という2つのスタイルがある
  • 「省察」は、就職活動やキャリア開発における自己分析と関連しそう
  • 反芻に陥らず、省察スタイルで自身のことを考えられると、有意義な自己分析ができるのではないか

では、どのようにしたら省察を促すことができるのでしょうか?

 実際のところ、ポジティブな自己注目「省察」のメカニズムについてはまだわかっていない部分が多いのですが、「脱中心化」というキーワードで、省察のメカニズムに踏み込んだ研究があります。

 「脱中心化」とは、自身の思考や感情などの内的経験を客観的に観察する能力のことです (Teasdale et al., 2002)。
脱中心化がうまくできる人では、ネガティブな出来事を考えるときでも、ネガティブな感情にとらわれすぎず、客観的に捉えることができるため、うつや不安の状態に陥りにくいことが指摘されています (Teasdale et al., 2002)。

 実際に、この脱中心化と、先に紹介した自己注目の2つのタイプの関係を調査した研究もあります (Mori & Tanno, 2015)。
 この研究では、省察をしやすい人は、自分自身の思考や感情を客観的に捉える能力が高く、結果的にうつのスコアが低いということが示されています。
 一方、反芻をしやすい人では自身の内面を客観的に捉える能力が低く、うつのスコアが高い傾向にあるという結果となりました。

 反芻が、ついついネガティブなことを考えてしまうという受け身的なものであるのに対して、省察は自分を客観視しながら、能動的に自身に向き合うスタイルと捉えることもできるでしょう。

自己分析ツールの意義

 就職活動やキャリア開発の文脈で言われる「自己分析」と「省察」の関連を調べた学術研究は、執筆者の調べた限りでは見られず、今後の研究が待たれるところです。

 しかし、省察のポイントとして、自己への興味があることと、能動的であること、そして客観的であることが挙げられます。

 世の中には数多の自己分析ツールやコーチングサービスが出回っていますが、それらを活用する意義のひとつに、省察を促進する効果があるのではないかと筆者は考えています。
 ツールの様式やコーチのコメントから客観的な自己イメージをもつことができるとともに、自分自身への関心を高めるきっかけが得られると考えられるためです。

 「ゆる読みHR」の読者のみなさまも、自身について考える機会や、他の人が自分自身について考えることをサポートする場面が日常的にあることと思います。
 今回の記事で紹介した、自分の内面に向き合うときのスタイルに2種類あることを把握できていると、いまどちらのスタイルになっているのかを自覚でき、必要に応じて向き合い方を見直すきっかけがつかめるのではないでしょうか

記事中で紹介した文献リスト

  • Carver, C. S., & Scheier, M. F. (1990). Origins and functions of positive and negative affect: A control-process view. Psychological review, 97(1), 19.
  • Elliott, I., & Coker, S. (2008). Independent self‐construal, self‐reflection, and self‐rumination: a path model for predicting happiness. Australian Journal of Psychology, 60(3), 127-134.
  • Mori, M., & Tanno, Y. (2015). Mediating role of decentering in the associations between self-reflection, self-rumination, and depressive symptoms. Psychology, 6(05), 613.
  • Nolen-Hoeksema, S. (1991). Responses to depression and their effects on the duration of depressive episodes. Journal of abnormal psychology, 100(4), 569.
  • Teasdale, J. D., Moore, R. G., Hayhurst, H., Pope, M., Williams, S., & Segal, Z. V. (2002). Metacognitive awareness and prevention of relapse in depression: empirical evidence. Journal of consulting and clinical psychology, 70(2), 275.
  • Trapnell, P. D., & Campbell, J. D. (1999). Private self-consciousness and the five-factor model of personality: distinguishing rumination from reflection. Journal of personality and social psychology, 76(2), 284.